もともとプロボクサーとしてボクシングの道を歩んでいた私ですが、実は最近ムエタイに転向し、約1ヶ月がたちました。

最初は単に格闘技として面白さを感じ、実際にやってみてハマってスタートしたのですが、真剣に練習するうちに「そもそもムエタイってどんな背景があるんだろう」と気になり始め…。

せっかく本腰を入れてやっている競技なのに、何も知らないのはちょっともったいないかもと思い立って調べてみました。

するとムエタイの歴史、思った以上に深くて面白いものだったので、今回はその内容をできるだけわかりやすくまとめていきます!

ムエタイの起源|もともとは戦場の技術だった

ムエタイの起源については、インドの古代格闘技「カラリパヤット」がタイに伝わり、独自に発展したものという説が有力とされています。

いつごろの話かというと、諸説ありますが、おおよそ500〜2000年前とも言われており…って、なかなかざっくりしているんですが(笑)。

それほど古い歴史を持つ格闘技だということですね。

タイ最初の王朝であるスコータイ王朝(1238年〜1438年)の時代には、すでに軍隊の実戦格闘技として取り入れられていたことが確認されています。

当時のムエタイは武器を持たない状態での戦場での生き残り術が出発点。
拳・肘・膝・蹴りという体の8つの部位を武器として使うスタイルは、この時代に培われたものなのです。

アユタヤ時代|ムエタイがタイの誇りになる

スコータイ王朝に続くアユタヤ王朝(1351年〜1767年)の時代に、ムエタイは大きく発展します。

この時代に、ムエタイは単なる軍事技術から「タイの文化」としての地位を確立していきました。

庶民へ広まるきっかけとなったナレースワン王とビルマとの戦争

ムエタイが庶民の間にも広まるきっかけのひとつとなったのが、アユタヤ王朝第18代のナレースワン王(在位1590〜1605年)の時代に起こった、隣国ビルマとの戦争です。

出典:国際機関日本アセアンセンター

ナレースワン王自身がムエタイを修めた武闘派の王として知られており、当時のムエタイは兵士たちにとって欠かせない実戦訓練でした。

大規模な戦争が長く続いたということは、それだけ大勢の兵士がムエタイを体で覚えたということでもあります。

そして、訓練を積んだ兵士たちが戦いの合間や戦後に互いの腕を競い合うようになり、祭りや祝い事の場でその技が披露されるようになっていきました。

戦場で鍛えた兵士の技として始まったものが、見て楽しめる余興として庶民に広く知られるようになり、やがて「自分たちも習いたい」という流れが生まれ…。

こうしてムエタイは、軍の訓練技術から、社会全体のスポーツ・文化へと変わっていったのです。

ナーイ・カノム・トムの伝説【10人連続KOで帰還した男】

この時代のムエタイを語るうえで絶対に外せないのが、ナーイ・カノム・トムという人物です。

▼アユタヤ中央スポーツ競技場にあるナーイ・カノム・トムの銅像

出典:イングラムムエタイジム

1774年、ビルマに捕虜として連行されたアユタヤ出身のムエタイ選手・ナーイ・カノム・トムは、ビルマの王の前でムエタイの実力を披露する機会を与えられます。

そこで彼は、ビルマの選手10人と立て続けに戦い、なんと全員に勝利!

その実力に感動したビルマ王は彼を解放し、故郷へ帰すことを認めたと伝えられています。

10人連続で勝ち続けて自由を勝ち取った、というこの話…めちゃくちゃすごいですよね。

この歴史から、毎年3月17日はムエタイの日(ナーイ・カノム・トムの日)とされており、タイではこの日に大きな記念行事が行われます。

「ムエタイの父」とも呼ばれる彼の存在が、いかにタイの人々にとって特別かが伝わりますね。

昔のムエタイの試合は想像以上に過酷だった

今回ムエタイの歴史について調べていて一番「えっ!?」となったのが、昔の試合スタイルです。

古代のムエタイは、現代のムエタイとはまったく別物と言っていいくらい、過酷な形式の戦いだったのです。

拳を麻縄で縛る「カード・チューク」

現代のムエタイではボクシンググローブを使いますが、古代のムエタイ(古式ムエタイ、またはムエタイ・ボーランと呼ばれる)ではなんと…

拳に麻縄をぐるぐると巻きつけて戦っていました。

これが「カード・チューク」と呼ばれるものです。

グローブよりも硬く、打撃の衝撃がダイレクトに伝わる麻縄。

しかも試合にはラウンド制もなく、どちらかが動けなくなるまで戦い続けたと言います…。

さらに現代のムエタイでは一部の打撃は反則扱いになりますが、当然古代ムエタイはより多様な攻撃が許容されており、リングではなく屋外の地面での試合も多かったとのこと。

今では競技・格闘技として扱われるムエタイですが、当時のムエタイはより戦術に近いものであったとわかります。

現代のムエタイはスポーツ化している

古式ムエタイと現代ムエタイの違いを知ると、いかに現代のムエタイがスポーツとして安全に競い合える形に変化したかがよくわかります。

私はボクシング出身なので、グローブはあって当然のもので、ない時代のことなんて考えたこともありませんでしたが…そもそもグローブという概念自体が比較的新しいものなんですよね。

昔の選手たちがいかにタフな環境で戦っていたかと思うと、ジムでサンドバッグを叩いている自分がすごく恵まれているなと感じました(笑)。

近代ムエタイの誕生|ルールの確立と日本への伝播

近代ムエタイの歴史を年代順に追って、簡単にまとめてみました。

1900年代初頭
拳を包む素材が麻縄から木綿布へと変わり始める

1929年
ボクシンググローブの着用がルールとして義務化。
近代ムエタイの大きな転換点。

1941年
ラチャダムヌン・スタジアム設立。
「1試合5ラウンド/1ラウンド3分/ラウンド間休憩2分」というルールが確立され、競技としての体裁が整う。

1956年
ルンピニ・スタジアム設立。
バンコクに2大殿堂が揃い、全国から若い選手たちが集うようになる。

1959年
日本で初めてタイ人vsタイ人によるムエタイの試合が行われる。

ちなみに、今日本国内でも人気が高いキックボクシングが誕生したのはこの直後。

1960年代、空手家の沢村忠氏やプロモーターの野口修氏によって日本のフルコンタクト空手とムエタイを融合させた競技として誕生したのがキックボクシングです。

まとめ:歴史を知ってから道場に行くと、見える景色が変わる

最後に、ムエタイの歴史をざっとまとめて振り返ってみましょう。

・起源はインドの格闘技から派生した古代の戦闘術(約500〜2000年前)
・スコータイ王朝時代(1238年〜)には軍の実戦格闘技として確立
・アユタヤ時代にムエタイ文化が開花、ナーイ・カノム・トムの伝説も生まれる
・古式ムエタイは麻縄で拳を縛るスタイル(カード・チューク)で、現代とはまったく別物
・1929年にグローブが義務化され、近代ムエタイへと移行
・1941年にルール体系が確立、1956年ルンピニ・スタジアム設立
・1959年に日本で初のムエタイの試合が行われる

私が調べてみて感じたのは、「ムエタイはタイの歴史そのものである」ということです。

戦場から生まれ、王族と庶民が共に愛し、捕虜が命をかけて守った技術が、何百年もかけてスポーツとして世界に広まった…これを知ってから、私のムエタイに対する思いは少し変わりました。

何も知らずに始めるのも全然ありだと思いますが、競技そのものの歴史や背景を少しでも知っておくと、練習のやりがいや充実感は増すと思います。

今回の記事が、これからムエタイを始める方や、始めたばかりで「ムエタイってどんな競技なんだろう」と気になっている方のお役に立てれば嬉しいです。

ライター:遠藤葉月