地方を旅すると、自然が豊かで人の温かさも感じられるのに、「観光の動きが弱い」「人が歩いていない」と感じる地域があります。
山梨県の小菅村もかつて同じ課題を抱え、人口減少や空き家の増加が続いていました。
その状況を変えるきっかけになったのが、村全体をひとつの宿泊施設に見立てる “村まるごとホテル”という取り組みです。
結論はとてもシンプルで、地域の魅力をつなぎ、ひとつの体験として届けることが観光の価値を高める鍵になる ということです。
小菅村ってどんなところ?「源流の村」が抱えていた課題
まずは舞台となる小菅村のイメージをざっくり共有しておきます。
- 山梨県北都留郡、小菅川・多摩川の源流エリアの山村
- 面積の約95%が森林、人口は約700人ほどの小さな村
- 村内に信号は1つだけ、コンビニやドラッグストアもない
- 一方で水源林や渓谷、美人の湯など自然資源はとても豊か
そんな魅力的な環境の一方で、地方の多くの村と同じように、以下のような課題を抱えていました。
- 観光客は日帰り中心で「泊まり」が少ない
- 旅館や民宿は高齢化で廃業が相次ぎ、宿泊キャパが不足
- 空き家が増え、活用の糸口が見えにくい
その課題を解決するために生まれたのが、「700人の村が一つのホテルに。」というコンセプトです。
村全体をホテルに見立てるという新鮮な発想
「村まるごとホテル」とは?分散型ホテルのしくみ
「村まるごとホテル」は、 専門用語でいうと分散型ホテルという形です。
分散型ホテルとは「客室や機能を一つの建物にまとめるのではなく、地域に点在させて、エリア全体を一つのホテルとして運営する形」のことをいいます。
小菅村では、こんなふうに役割分担がされています。
- 古民家や空き家:客室やレストランとして再生(大家・崖の家など)
- 温泉施設「小菅の湯」:ホテルの大浴場として位置づけ
- 道の駅こすげ:ラウンジ・物産館・ショップとして活用
- 村の道路やあぜ道:ホテルの「廊下」として、散策も体験の一部に
そして、スタッフは全員が村人です。
道ですれ違う人も「コンシェルジュ」として、ゲストに声をかけたり、道案内をしたりします。
このように、ホテル機能を村全体に散りばめることで、
- 宿泊客が自然と村を歩き回る
- その途中で、村人・お店・風景との出会いが生まれる
- お金も体験も、村の中に循環していく
という流れが生まれているのがポイントです。
地域の人が主役になれる仕組みが力を生む
小菅村の取り組みで特に大きな特徴は、 村の人たちが自然と観光の中心に立てる点です。
特別な資格やスキルがなくても、普段の暮らしがそのまま価値になるため、誰もが参加しやすく、観光づくりが“自分ごと”になりやすい環境が生まれています。
たとえば、古民家を客室として整えるための管理、地元の食材を使った料理の提供、山の歩き方や季節の楽しみ方を教えるガイドなど、村の人が普段から行っていることが観光の一部として活かされます。
旅行者との交流を通じて「自分たちの村を誇りに思える」気持ちが育ち、それがまた観光の質を高めるという好循環が続いていきます。
村全体で協力し合う空気感が育つことは、地域活性にとって欠かせない要素です。
空き家が「資産」に変わる|古民家を活かした滞在体験
次のポイントは、「負の遺産」とされがちな空き家を観光資源に変えたことです。
小菅村では、 築150年の名家「大家」(大家 | NIPPONIA 小菅 源流の村)を改修し、4室の客室とレストランを備えたオーベルジュに変え、 崖にせり出すように建つ古民家を「崖の家」としてヴィラ化をし、キッチン付きで、自炊しながら滞在できるスタイルにする、といったようなリノベーションが行われました。
その結果、空き家が「宿泊施設」という収益を生む資産になり、修繕費や運営費が地域内で回り、古い家を残す理由が生まれ、景観や歴史が守られる、という好循環につながっています。
「おしゃれな古民家ホテルだね」で終わらず、空き家問題の解決とセットになっている点が地域活性の大きなヒントですね。
地域活性の成果と、他地域にも広がる可能性
では実際、小菅村ではどんな変化が起きているのでしょうか。
公開されているデータを見ると、2014〜2018年で観光客数は約8万人から約18万人へと約2.2倍に増加していたり、 子育て世代の移住も進み、5年間で22世帯75人が転入するなど、滞在型観光の受け皿として大きな役割を果たしています。
また、他地域への影響として、小菅村の取り組みは、大規模な投資が必要な方法ではなく、 “どの地域でも応用しやすい柔らかな仕組み”という点で注目されています。
空き家を客室として活かしたり、地元の飲食店や農産物をそのまま旅の体験に組み込んだりするだけで、地域らしさを生かした観光づくりができます。
小さな地域でも、“自分たちらしい物語” を作るだけで観光は大きく変わっていくことを、小菅村は示しています。
まとめ|「点在する魅力」をビジネスとして束ねる視点を持つ
小菅村の“村まるごとホテル”は、人口700人規模の山村でも、既存の資源を組み合わせて新しい観光ビジネスを生み出せることを示した事例です。
空き家や温泉、道の駅など、もともとあった施設を「ホテルの機能」として再編集することで、滞在時間や消費額を伸ばし、移住・関係人口の増加にもつなげています。
重要なのは、新しい施設をつくることではなく、地域に散らばる魅力を点ではなく線・面にして、一つの体験としてデザインすることです。
自治体や観光事業者にとっても、「自分たちの地域なら、どんな機能を束ねられるか?」を考えるヒントになるでしょう。
小さな地域でも、身近な資源を掛け合わせて物語をつくることで、持続可能な観光モデルは十分に育てていけます。




