すすきのの交差点に立つ、あの大きな「ニッカおじさん」の看板。

観光で訪れた人も、地元で遊んでいる人も、必ず一度は目にしたことがあるでしょう。

実はこのニッカおじさん、ずっと同じデザインだと思われがちですが、これまでに何度もリニューアルされていることはあまり知られていません。

現在の看板はなんと5代目。

時代ごとにデザインや技術が変化しながら、すすきののシンボルとして進化し続けてきました。

この記事では、歴代ニッカおじさんの看板の変遷や、それぞれの違いをわかりやすく解説していきます。

すすきのの顔「ニッカおじさん」とは?

すすきのといえばネオン街というイメージがありますが、その中でもひときわ目立つ存在がニッカおじさんの看板です。

観光客の写真スポットとしても有名ですが、実はただの広告看板ではなく、札幌を代表するランドマークのひとつでもあります。

まずは、このニッカおじさんがどんな存在なのか、基本的なところから見ていきましょう。

ニッカおじさんのモデルは実在の人物

あの特徴的なヒゲと帽子の男性、実は架空のキャラクターではありません。

モデルになっているのは、ウイスキーのブレンド技術で知られる英国の人物「W・P・ローリー卿」とされています。

もともとはニッカウヰスキーの主力商品ブラックニッカのラベルに採用されたキャラクターで、そこから看板としても使われるようになりました。

つまり、ただのマスコットではなく、ウイスキー文化を象徴する存在としてデザインされているんですね。

見慣れているとただすすきのを象徴するキャラクターのように思えてしまいますが、実はしっかりとした背景があります。
そう思って眺めてみると、少し印象も変わって見えるかもしれません。

看板が設置された理由と歴史

ニッカおじさんの看板が最初に設置されたのは1969年。

もともとは先ほどもご紹介した通り、ブラックニッカの宣伝広告として設置されたのが始まりです。

当時はネオン看板全盛期で、派手な光で人の目を引くことが重要とされていた時代。

初代の看板も、複数のネオンを使って色が変化するなど、当時で言ってもかなりインパクトのある仕様でした。

今では街のシンボルという印象が強いですが、スタートはあくまで広告だったということですね。

すすきのはもともと広告看板が多いエリアですが、その中でもここまで長く残り続けている例はかなり珍しいです。

札幌市民にとっての存在感

現在のニッカおじさんは、単なる広告を超えて札幌の顔とも言える存在になっています。

待ち合わせ場所として使われたり、観光客が写真を撮る定番スポットになっていたりと、札幌を代表する目印として根付いているのが特徴です。

「とりあえずニッカ前で」という使われ方もよくされていて、地元民にとってはかなり馴染みのある場所。

時計台ほどではないにしても、札幌っぽい景色として思い浮かべる人は多いはずです。

ニッカおじさん看板の歴代変遷【初代〜5代目】

さて、ここからが本題です。

すすきののシンボルとして知られるニッカおじさんの看板は、実はこれまでに5回リニューアルされています。

時代ごとにデザインや技術が進化しており、見た目の印象も少しずつ変化してきました。

ということで、5回にわたるリニューアルでニッカおじさんの何が変わってきたのか?初代から順を追って解説していきます!

初代(1969年):ネオン全盛期の派手な演出

※画像は初代=アサヒグループ広報提供

最初に設置された初代は、いかにも昭和のネオン看板という感じですね。

大小約500個のネオンを使い、約3秒ごとに背景色が切り替わるかなり派手な仕様になっていたのが特徴です。

サイズも現在よりかなり大きく、インパクト重視のデザイン。

当時のすすきのはネオン文化が全盛期だったため、とにかく目立つことが重要視されていたのだとか…。

今の落ち着いた印象とは違い、かなりギラギラした雰囲気だったというのは、時代背景を考えると納得ですね。

2代目(1986年):存続の危機を乗り越えた看板

※画像は2代目=アサヒグループ広報提供

実はこのタイミングで、ニッカおじさんは一度消えかけたことがあります…(笑)

当時、別商品の広告に変更する案が出ていましたが、地域住民や関係者の反対で存続が決定しました。

時計台と並ぶ札幌のランドマークとしてすでに当時から認識されていたこともあり、看板の存在価値が改めて見直されたタイミングだと言えるでしょう。

結果として、ニッカおじさんは残り、デザインを更新した2代目へと移行しました。

もしこのとき撤去されていたら、今のすすきのの景色はかなり違っていたかもしれませんね。

3代目(2002年):視認性アップ+ネオン演出の改良

※画像は3代目=アサヒグループ広報提供

2000年代に入ると、より見やすさが重視されるようになります。

看板の中でのニッカおじさんの占める割合が大きくなり、遠くからでもはっきり見えるデザインへと進化しました。

ネオンの演出も技術の進歩と合わせて改良され、より自然なグラデーション表現が可能に。

このあたりから、広告というより「街のシンボル」としての役割が強くなっていきます。

観光客が写真を撮るスポットとしても、この頃から定着し始めたと言われていますよ。

4代目(2013年)LED化でさらに進化

※画像は4代目=アサヒグループ広報提供

4代目では技術面でさらに大きな変化があり、ネオンからLEDへと移行しました。

明るさ・発色・省エネ性能が大きく向上し、よりはっきりと目立つ看板になっています。

背景色も増え、より滑らかな色の変化が可能になりました。

これによって夜のすすきのでもひときわ目立つ存在となり、現在の印象にかなり近づいたのがこの時期です。

今見慣れている鮮やかな発色は、このLED化による影響が大きいです。

5代目(最新)デザイン刷新で柔らかい印象に

「キング・オブ・ブレンダーズ」

※画像は4代目=道民雑誌「クォリティ」より引用

そして現在の看板が5代目…約13年ぶりのリニューアルで大きく印象が変わりました。

従来のステンドガラス風の区切りをなくし、よりシンプルで軽やかなデザインへと変更されています。

これまでの「重厚感のあるクラシックな印象」から、「親しみやすく現代的な印象」へシフトしたのが特徴です。

ブラックニッカのブランド刷新とも連動しており、より多くの人に手に取ってもらいやすいデザインを意識した変更となっています。

地元でも「なんか変わった?」と話題になった部分ですが、大きく変えすぎず印象だけアップデートしたのが今回のリニューアルです。

まとめ:ニッカおじさんは時代とともに進化してきたすすきのの象徴!

すすきのの象徴ともいえるニッカおじさんの看板は、ただの広告として設置されたものから、今では札幌を代表するランドマークへと変化してきました。

1969年の初代から現在の5代目まで、時代ごとの技術やデザインの変化を取り入れながら、少しずつ進化してきたのが大きな特徴です。

ネオン全盛期の派手な演出から始まり、LED化による高精細な表現、そして現在の柔らかく親しみやすいデザインへ。

見た目は変わっていても、すすきのの中心で人を集める存在であり続けている点は、ずっと変わっていません。

一度は消えかけた過去がありながら、それでも残り続けているのは、市民や街にとってそれだけ大切な存在だったからこそ。

何気なく見ている看板ですが、その背景を知ってから改めて見ると、少し違った印象を受けるはずです。

次にすすきのを訪れたときは、ぜひ5代目のニッカおじさんをじっくり見てみてください。
きっと今までよりも、少しだけ面白く感じられると思います。

ライター:遠藤葉月